2000年3月26日日曜日

今日は母校の演奏会に行ってきた

鎌ヶ谷高校第18回定期演奏会.

来年はOBバンドのほうに出ますので関係者の方々よろしゅう.



何枚か写真をとってきました.つまらん写真ばかりです.関係者の方はクリックして自分が映ってたらゲットしてね.
それにしてもルーズソックスを見慣れてないので,予想していたとはいえちょっとびっくり.私服の勤務校で制服を着てる子の気持ちがわかったりした.



3月26日(日)松戸 森のホール(小ホール)にて. ホール天井

ズームがないのでステージの遠景ばかりですんまそん.なにも加工してないっす.ディジカメから直で,サイズはすべて 640×480 の 70Kbyte 程度.

OB演奏1 OB演奏2 OB演奏3 OB演奏4 OB演奏5 

現役演奏1 現役演奏2 現役演奏3 現役演奏4 現役演奏5 

私にレンズ向けられた人以外は見ないほうがいいです.(^^;;)関係者以外で勇気のある人は backspace キーに指を乗せてからクリック
スナップ1 スナップ2 スナップ3

帰り道自転車が休憩していた

2000年3月18日土曜日

2000年3月17日金曜日

ねむいぞ

昨夜は完璧に徹夜! おとといは3時間睡眠.自業自得ではあるのだが.その前も4時間しか寝てない.
選択科目の講座編成.3ヶ月かけて組み,先週フィニッシュに徹夜までして組んだものに根本的なミスが発覚.
「あ.授業ができない.」
単純な手直しで何とかしようと試みたが一切ダメで,3ヶ月の仕事をご破算にしてやりなおした.今日完成版を提出.
ふぅ~

本当は先週の卒業式の様子と,学年解散の京都旅行の様子を日記に書きたかったのだが.
ちょっとずつ書こう.

2000年3月11日土曜日

学年解散旅行で京都

京都旅行2000.3.10-12

学年の解散旅行で京都へ行った.8日に卒業式を終え,10日から2泊.副担任で参加したのはS先生と私.京都の基礎知識が皆無の私にとって,「京都スタンダード」を知るよい機会になった.

朝,新幹線に乗ると平日だけあってビジネスマンばかり.Z先生は自分の座席を間違えて,朝から他の乗客の迷惑に...もう!
物見遊山はわれわれのみ.同僚たちはビールを買いに出かけたが,わたしは通勤電車の中でビールを飲む恥ずかしさを感じ躊躇していた.が,KIOSKで冷えたビールを見ると,それまでの気持ちなどどこへやら,あっさりと呑み始めてしまったっっ.

富士は雲がかかっていた.朝のニュースでは関が原付近,雪のため新幹線徐行と言っていたが,われわれの通過するころは減速することなく,新雪が日の光に輝いてまぶしかった.

予定通り京都到着.腹ごしらえにそば屋へ.「京都名物に来たらニシンそば」と皆ニシンそばを注文したが,私は軽く山菜そば.だってすでに出来上がっててニシンなど...

さて,京都見物.私は素人なので,京都が得意の先生にいろいろ連れて行ってもらおうという魂胆.まずは嵯峨野めぐりヘ.
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渡月橋ではときどき雲が空を覆い,雪がちらちらと落ちてくるほど寒かったが,天気はおおむね晴れ.
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有名な竹林をぬけて
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落柿庵にてちょいと休憩.
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ヒヨドリが逃げない.カメラを向けるとカメラ目線でポーズをとったぞ.


上へ上へ歩き,念仏寺と,石仏の有名な寺に行った.念仏寺は地蔵の撮影禁止だったので,かわりに参道に落ちていたボルトを撮った.



あだしの念仏寺から歩くこと10分,愛宕石仏の中にZ先生がいた!!

嵯峨野の帰り道,太秦の広隆寺の国宝の弥勒菩薩を拝観.実物を見るのは初めて.モチ撮影禁止だよん.

その日の夜は料亭で飲み会.とっても雰囲気のいい店.思いっきり和風なのにBGMが軽快なズージャだったのがまたナイス.
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次の日は大原へ足をのばした.地下鉄とバスの1日フリー乗車券.大原に往復するだけで元がとれる感じだ.京都バスのシートががわいかった


菜の花畑があったが全然咲いていない,寒いところだ,先月館山市の菜の花はもう花が終わってみんな種をつけていたというのに.


三千院では「雪が吹き込むので障子を閉めてください」という張り紙があった.


雪は降ってはいませんでしたが,数日前に降ったようです.


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大原から戻ってきたら雨.コンビニでビニール傘を買う.まずは銀閣寺.でっかいプリンがあった.わはは.





いろいろ写真とったけど,どう撮っても美しい観光案内の写真みたいでつまらないから載せない.

哲学の道を通って南禅寺に向かう.前方を歩く二人は学年主任のS先生とY先生.昨日から歩きっぱなし.私は靴が合わないせいで疲れてきた上,写真ばかりとって二人に遅れをとってしまう.


「絶景かな」の南禅寺の三門は巨大だった.こういう巨大建築物を見るのは好き.でも気に入ったショットはなし.その代わり,南禅寺の中を突っ切る水道橋がいいねぇ.
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南禅寺近くの古い巨大建築物
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とインクライン(と地図にのっていたけど,これってなぁに?).
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さて,最終日,日曜日は清水寺へ.昨日までと打って変わって晴れ.よかったよかった.
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33年に一度のご本尊のご開帳の年だそうで,その行列がTDL状態だったのでご開帳はやめ.キヨブタを下から.
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ここから33間堂まで歩いて拝観.仏様はもちろん,仏教に出てくるインドの神様の勉強になる.そういえば弓道の先生が矢通しの話をしてたことがあって,「これかぁ」

有名どころの写真はスキャナでも取り込める.これが京都へ行った証拠の「京都市道路境界」


と京都市のマークが入ったマンホールのふた(^^;).落ちていたごみは記念に拾いました(駅でゴミ箱に捨てたけど).



いやぁ歩いた歩いた.やっと筋肉痛が治ってきた.よかったなぁまた行きたい

くろべえ: 旅行記一覧

2000年2月21日月曜日

自由人

がんばりやさんほどストレスがたまる.弱みを見せられる理解者がいるだけでだいぶ違う.人は一人では生きていけない.理解者がいるからがんばれる.

弱い自分,わがままな自分,見栄っ張りな自分,ダメな自分.

それに気付くのが第1段階.気付かない人も多いが,気付いて自分を客観視できるというのは「哲学」の入り口.気付くというのは向上への第1歩.
普通それに気付くと,まずそれらを隠そうとする.つっぱる.すると疲れる.

そういう自分を自分なりに認めたり,(ダメな自分もかわいい.)ちょいと周りに人間にさらけ出すのが第2段階.
「おれって普段強そうにしてるけど,ダメ人間なんだ.」
「なんだおんなじじゃん.」
親友や家庭の存在意義はそこにある.さらけ出しながら自分を高めてゆく.そして普通はそんな理解者がいるだけで,生きる活力が沸いてくる.

おれの目標はもっと高いぞ.それは弱い部分のガラス張りで丸見えの自然体,自由人.
ダメな自分をいかにさらけ出すか!!!
かっこいい自分も,ダメな自分も両方とも自分 であることを
自分 を知る人にさらけ出すこと.これこそ自由なる精神への一歩!

2000年2月20日日曜日

CATS

猫たち


やんちゃな,くろべえ.

1996年,市原の海釣り公園でものすごく人懐こかったので,つれてきた.
他の猫に嫌がられても,めげずに遊ぶ.






おっとり,えるぶ.しつこいくろべえが苦手.

1994年,父の実家でもらった.牛の背中や,秋田犬の犬小屋が昼寝場所だったので動物病院で大型動物に会ってもなんとも思わない.
でも,ちょっと神経質.






目だけ見えるのが,かわいい.












爆睡えるぶ













1994年に生徒からもらったミント.
一番きれい好きで手のかからない子だけれど,性格はきつくて,しつこいくろべえに反撃.







「まぶしーよー」

2000年2月17日木曜日

常識

常識の正当性については常に意識をせねばならぬと思う.あらゆる常識は一度は思索の俎上に乗せるべきである.その結果「よい常識」を残していけばいい.「若さ」というものはすべての常識を覆すエネルギーだと思うが,その結果破滅しては意味がない.
同じ常識的生活をしていても「無批判に受け入れている」と「思索の結果,常識を受け入れた」では雲泥の差.私は後者でありたい.

2000年2月8日火曜日

好き嫌い

味に鈍感である.味覚の鈍感さに関して妻にも文句を言われる.
というのも妻は料理が趣味で料理好き.ところが腕によりをかけて手の込んだ料理を 作っても,コンビニの惣菜を並べられても私にとってはおなじなんです.何を作っても「うまいうまい」しかいわないから妻は作り甲斐がないという.「何を食 べてもうまいんだ」といったら1週間毎食納豆と冷奴にされたことがあったが,ぜんぜん平気で妻が根負けした.だってうまいじゃん.
よくひどい料理に対して「うーまずい」とコメントする人がいるけど,ぜんぜんわからない.「へーそうかーこれがまずいという味なのかー・・・うまいなぁ」となってしまう.

世の中にまずいものがまったくないし「食」に関して執着がまったくない.
さらに,妻がいなければ面倒だから基本的に腹が減っても食事をとらない.餓死しない程度に時々食べる.自分で自分のえさを用意するときは飯を炊いて醤油だけをかけて食う.それで十分.だって何食べてもうまいんだもん.
あ,しいたけが多少苦手だけど,食えないわけではない.

2000年2月6日日曜日

たぬき!

実は私の勤め先は結構街中(柏駅徒歩10分,国道6号線沿い)なのですが,一昨年たぬきが建物に侵入して捕まりました.







毎夜,機械警備から発報して警備会社が振り回されていました.ロッカーと壁の間に潜んでいるところを発見され御用.
教頭が警察と保健所に連絡したところ飼われているのが逃げたのではないとわかり,街から遠い森に帰しました.

2000年2月4日金曜日

幽霊?

幽霊を信じるかといわれれば申し訳ないけど信じない.
でも「幽霊を見た」というひとがうそをついているとは思わないし,それは事実だと思う.

幽霊を信じる人がいくら力説しても信じない人は信じないし,信じない人がいくら力説しても,「私には見える」と信じる人は信じる.これって何かの論争に似ていると思いませんか?そういわゆる「宗教論争」というやつです.(ぅわー)

科学で説明できないものは信じないのか?といわれればそんなことはなく,まだまだ科学は未熟だから,現代の科学で説明の出来ないことはいくらでもあると思う.数学でもポアンカレ予想はまだ解決していないし.

まぁ,私にとって,幽霊はいようがいまいが,それは「無害」で,興味が湧かない.生きている人間しか興味ないから.仮に幽霊を見たとして幽霊が何をするのだろう.怖いことはありませんね.

目に見えないことに畏敬の念を忘れてはならないと思いますが,それにとらわれ怖れるのは,呪術そのものだと思う.

つまりいわゆる「宗教論争」にしかならない宗教は,呪術の域を脱していないと思うのだが.きちっと「哲学」を論じ合うことのできる宗教が,宗教のあるべき姿であると思う.

2000年2月3日木曜日

節分かい?

今日はチョコレートをまく日だったっけ?

先月,FMで千葉県内の情報を流していたんだけど,アナウンサーが成田山の節分会を「せつぶんかい」と連呼するのが気になって,車運転しながらいらいらしていたら,最後に「中山法華経でら」と読み上げられてとどめを刺された.

「せつぶんえ」って,本当は「せつぶんね」だろうな.関越自動車道ってローマ字をそのまま読むと「感熱自動車道」だ.nのあとの母音をnにリンクせずに発音できる日本人ってすごいよね.

きのう,10月の小テストの採点,やっと終わった.これで成績に間に合うぞ.

2000年2月1日火曜日

髪を切った

貧乏なので,3ヶ月に1度思いっきり短く刈り上げる.
いつも行く店は火曜日はカットが1700円になるので短くしてきた(普段は1800円).前回の刈り上げは下手だったけど,今日の美容師さんは上手でよかった.

2000年1月24日月曜日

今日

友人がガンで亡くなりました.36歳でした.最後まで握る手の力を緩めず,声をかけるとまばたきで返してました.

手の力が抜け,ほどなく臨終の宣告がされました.荘厳でした.

その姿で彼は自分の全てうったえたことを感じ取りました.
それをここに書こうと思いましたが,どう書いても私の陳腐なフィルターを通した,ありきたりな記述になるのでやめます.

2000年1月11日火曜日

今日からしごと

といっても,冬休み中は12月から3年生の講座編成の仕事をしていたのだが,授業は今日から.今の学校始業式はやらないでいきなり授業.
さて,久しぶりに授業をすると,正月ボケではじめはなんとなく乗らない.
でもしゃべっているうちに乗ってきたぜ.

そんで,毎年のことだが,冬休み中は3年の選択科目の講座編成とクラス分けに没頭していた.
作業は12月からはじめて,とりあえず1月5日の段階で全ての講座を矛盾なく編成することができた.つぎにクラス分けに入ろうとしたとたん,この講座編成では1人の生徒がクラスに割り当てられないことが判明してしまった.トホホ
もしかしたら,最初から講座を組みなおさなければならないかもしれず,12月からの作業が水の泡になるかもしれない.あるいは最悪の場合はその一人の生徒の選択科目を変更してもらわなければならない状況も考えられた.ピーンチ!
しかし!クラス分けに関わる講座の系列を大胆に変更することにより,ピンチをしのぐことができた.1ヶ月以上の作業な水泡に帰すことなく,クラス分けの作業に取りかかりはじめた.めでたしめでたし.ふぅ~.

2000年1月10日月曜日

勧誘とのお付き合い

>訳ワカンナイ勧誘によく合うんですが・・とっても困ってます。

まぁ,町を歩いていても自宅にいても,いろいろ出会いますねぇ.そこが「信教の自由,言論の自由,表現の自由」の国,日本のよいところだと思って,適当に付き合って遊んでます.(^^) 困る必要などない.「興味がありません,さようなら」と一言で終わりませんか? 連中は「人の良さ」につけ込むので人の悪さを出せばOK.「困る」のはあなたの人の良さの表れですが,まともに取り合うのは時間の無駄です.

私は街中での勧誘は「一切関知せず」,前を見てまっすぐ歩くのみ.用があって歩くのだから,付き合うひまは私には1秒もない.前に立たれたら一言「失礼」と横を通らせてもらう.勧誘は自由の国,日本の「空気」だと思うことにしています.空気とお話するのは,ピクニックのときだけで充分です.

自宅に物売り,勧誘がきたときは「いま親がいないから…なんにもわかりません」と子供のふりをする(この歳で!).あるいは,「客が来ている」とか「いまから出かける,忙しいんだ」とか.いろいろやるけど,つき合うのは時間の無駄です.

あと,多いのが電話勧誘なんだ.とくに教員は「名簿が買える」から.以前はよくいろいろ遊んでいた.,
「sphere さんですか?」
「はぁ…」
「(マンション,先物,株,墓地,風呂がま,網戸修理,家のリフォーム,布団クリーニング)を買え云々」
1.「先週買ったばかりです.いりません.」(基本)
2.「退職して失業中です.おかねがありません」
3.「ただいま,だんな様は海外旅行中です.」
あと死ぬほど暇なときは,長電話に付き合ってあげて,相手の仕事を妨害するとかやったけど,最近は忙しくて勧誘とわかった瞬間,何もしゃべらず受話器をテーブルにおいて無視することにしている.(勝手にしゃべらせておく,いずれ切れる.切れるまでよくしゃべるぞー)

最近は子供の家庭教師や塾の勧誘が多い.「ショウくんのお父様ですか?」
「いえ,父はだいぶ前に亡くなりましたが」
「(父…?)お母様はいらっしゃいますか?」
「いまは一人暮らしです.」
「(????)中学生のショウくんのお宅ですか?」
「ショウはわたくしですが,中学生ではありません.」
「失礼しました(???????????)」

DMの返信封筒やハガキは,ごみ減量のため,何も書かずにまとめておいて,あとで投函する.つまりごみは出した人に処分してもらう.できれば封筒にはDMの中身のほか関係ないチラシなどパンパンに入れて返送してあげる.そして自宅のごみの減量をはかる.

以前近所にマンションが新築になったとき,しつこい営業マンがいて,本社に直接電話し名指しして「クビにしろ」と,抗議したことがある.

2 April 2001 追記 > 勧誘電話と遊ぼう

2000年1月9日日曜日

宗教と呪術

あるBBSでの質問と答え
「宗教とは教えに従うことですから、『自分で考えることをやめる』ことになってしまいかねませんね。」

それがまさしく呪術,占い,カルトだ.
宗教も権威的になると呪術になるので,マルクスも「宗教はアヘンだ」と断じた.特に為政者が宗教を取り込むときは,必ず宗教を衆愚政策の道具にする.人々が疑問を持つのをやめマインドコントロールに成功すれば政権が安泰だから.政教分離の本質はここにある.

釈迦やキリストは呪術ではない.彼らは普遍的哲学を説き行動した.
釈迦は当時の社会で行われていた呪術を否定し,現実社会に目を向け,科学的に解決をはかることを主張し,行動をとった.

呪術と宗教の違い
1.呪術は中心者の神格化だけが教義.宗教の教義は人間が説いた哲学.
2.呪術は社会否定,社会逃避.宗教は積極的な社会参加.

「信仰=おすがり」と考えていると宗教と呪術の違いがわからないと思う.おすがり信仰は,考えることをやめさせ人間を弱くする.つまり「たなぼた信仰」である.毎年正月に神社で,たなぼた祈り行われている.もともと神道は呪術だから,たなぼた信仰以外のかかわり方しかないわけで,呪術に対する信仰としては正しいあり方であるといえる.
宗教に対する信仰のあり方は「誓願」であると考えるべきである.明日の自分の成長を誓い,そのために最大に努力し,徹底的に思索し,とことん行動する.つまり釈迦やキリストは神ではなく人間である.彫刻になってしまった偉大な人間師匠にあすの成長を誓うのが正しいありかただとおもう.そのためには徹底的な思索が必要.

呪術には教義がもともとないから,信者の疑問点に対して二言目には「とにかく○○を信じなさい」.それに対し,宗教の入り口は間口を広くするために「信」からはいるわけですが,教義は哲学ですから,その哲学を学ぶことにより自ら疑問や悩みを解決する洞察力思考力が湧いてくるわけです.「考えることをやめる」とは対極といえる.

では学問としての哲学と宗教はどうちがうか.どんなに高尚な哲学でもそれを実社会に実現するには組織が必要であり,それが宗教団体.ニーチェ,サルトルの実存主義も一般市民には広まらなかった.明日のパンを必要とする人にとって,それは机上の空論だから.それに対し宗教はパンを必要な人にパンを与える組織力がある.つぎにパンを与えられた人に対し,次は与える側に立てるように人間的境涯を高めていく活動があるわけだ.その活動は単なる道徳心ではなく利他の哲学に立脚し,行われてゆくべき.

2000年1月4日火曜日

2000年問題

原子力発電所,2箇所で2000年問題で機械が止まったんだって.ほれみろ!
人間のやることに100%はないんだよ.東京電力はあれほど「心配ない」とキャンペーンを張っていたが,結局
全部うそ

ということが発覚した.それもよりによって100%安全であるべき「原発」で.
もちろん私は信じていなかったので,「やっぱりな」と思い,
当然のこと

と思った.

原発事故が起きたら早く逃げる方法を考えよう.
私のリンクにあるから見てください.

かずと量

ひさびさ,数学ネタ.

かずは1から数えるもので,量は0から測るものである.

もうすぐ2000年.

20世紀が1901年から2000年の100年間であるが,歴史を習い始めたころ
「めんどうだな,西暦÷100=世紀 なら簡単なのに.」
と思ったことがあった.つまり1900年から1999年は単純に19世紀だと,西暦の上2桁と世紀が一致してわかりやすいだろうにと思ったのである.
もちろん,西暦は1年から数えて,はじめの100年間つまり西暦100年までを1世紀としたから,当然いまのようなカウントになったのである.
では,西暦1年の前年は紀元前何年か?
といわれたら,紀元前1年である.0年は存在しない.

ビルのエレベータの表示で,0階というものは存在しない.
1階の下の階は,地下「1」階である.

これらが「かず」である.しばしば0の発見と対比する人もいるが,そんな大それたことではなく,「かず」というのは1から始まり,0とは「ない」と道義で,0はかずではないのである.「かぞえる」というのは1から始まるものなのである.

昔の年齢計算の「かぞえ」というのはまさに年齢を「かぞえて」いるのであるから,生まれたら1歳.正月で2歳.とかぞえていくわけだ.

それに対し,0から測るのが量である.つまり,時間,分,秒は人間にとってかぞえるものではなく,測るものなのである.
時間の単位の中ではこれだけが量で,あとの世紀,年,月,週,日は人間にとっては「かぞえる」対象なのである.
しかし,「時」を量として0時から測るのは放送局くらいで,「12時」と言ってしまうことが多いということは,これも量ではなく「かず」と認識しているようである.
上2桁を「世紀」にするには0年から始めるとともに,0世紀から始めなくてはならない.そうなると,月日も0月0日からはじめる.1年間とは0月から11月までも12ヶ月間ということになる.
暦の始まりを0世紀の0年0月0日0時0分0秒にすれば,とてもわかりやすいカウントになったのだと思う.

コンピュータのメモリのアドレスも「0から255までの256個」のような数え方をしている.

イギリスでは地上が「地上階」で,その上が1階,地上階の下が地下1階と聞いたことがある(ちがっていたら指摘してほしい).つまり0階が存在している.もし本当ならイギリス人は階数というものはかぞえるものではなく,測るものらしい.

中2階ということばがある.1階と2階の間である.中2階というからには2.5階のような印象をうけそうなものだが,1階と2階の間なのだから1.5階かもしれない.で,そもそも0階から始めるイギリス式なら,0.5階ということになって,まことに自然である.

現代の年齢計算も量といってよい.ところが,妊娠第n週というのが「かず」なのでこんがらかってしまう.

死んだあと,1周忌は量だが,3回忌はかずである.

ほかにもかずと量が混在しているものがあったら,BBSへ書き込んで教えてね.