1997年7月
(これは千葉県高等学校教育研究会数学部会誌に1997年に掲載したもの)
カーブの走行
自動車を運転していると,たいしたカーブでないのに,カーブの入り口と出口で急ハンドルを切らなければならない場面に遭遇することはないだろうか.それに対し,インターチェンジの中のカーブは,滑らかなハンドル操作で走行することができる.出入り口で急ハンドルを要求されるカーブは,カーブを円に,直線部分はその円の接線になるように設計されていると考えられる.その理由は,まず直線を走行するときはハンドルは直進のままであり,円を走行するときはハンドルの角度は一定のままのはずである.ここで,直線から円にさしかかるときは,ハンドルを一気に円の走行にあわせなければならないため,急ハンドルを切ることになる.カーブの出口でも同様である.実際は道幅を有効に使って,滑らかにハンドルを回すわけだが,田んぼの中の道のように,狭い道路でも見通しがよくスピードが出ていると厳しい状況になる.
高速道路ではそのようなハンドル操作が要求されることはない.それは,道幅が十分にあるからだけではなく,カーブの出入り口を定速で走行する車は,ハンドルを一定の角速度で回転させればよいような道路設計になっているのである.このような曲線をクロソイド(clothoid)という.道路が円と直線で作られていても,道幅を使って円の一部をクロソイドに沿える自動車は問題無いが,レールの上を走る鉄道では切実な問題となる.自動車のハンドル操作を考えれば,クロソイドに沿って線路を設置しなければ危険極まりない.
図はカーブの内側が円,
外側がクロソイド.クロソイドの方がハンドルを切る量は大きいが,操作が滑らかになる.
求める
ハンドル操作での曲線の定義は素朴で高校生にも理解できる内容なので,
「速度,加速度」の授業で扱えないだろうか,と考えたのがきっかけである.
クロソイドの方程式はどこかの本を調べれば出ていると思ったが,
ハンドル操作から求められるのではないか思い,実際簡単に求められたので本誌に投稿した.
自動車のハンドル操作から考えられるクロソイドの定義は次の通りである.
- 速さは一定.つまり速度ベクトルの大きさは定数.
- ハンドルを一定の速さで回転させるので,加速度ベクトルの大きさは時刻に比例して大きくなる.
$\sqrt{\left(\frac{dx}{dt}\right)^2+\left(\frac{dy}{dt}\right)^2}=1$
となる.
$\cos^2\theta+\sin^2\theta=1$ より,速度ベクトルは
$ \left(\frac{dx}{dt},\ \frac{dy}{dt}\right) = (\cos\theta(t),\ \sin\theta(t))$
と考えられる.このことから加速度ベクトルを求めると,
$ \left(\frac{d^2x}{dt^2},\ \frac{d^2y}{dt^2}\right) = (-\theta'(t)\sin\theta(t),\ \theta'(t)\cos\theta(t))$ ・・・・・・ (1)
一方定義より,加速度ベクトルの大きさは時刻に比例して大きくなるから,簡単のため比例定数を 1 とすると,
$\sqrt{\left(\frac{d^2x}{dt^2}\right)^2+\left(\frac{d^2y}{dt^2}\right)^2}=t$
これに式 (1)を代入して,
$\left(-\theta'(t)\sin\theta(t)\right)^2 + \left(\theta'(t)\cos\theta(t)\right)^2 = t^2$
$\sin^2\theta(t) + \cos^2\theta(t) = \frac{t^2}{(\theta '(t))^2}$
$\sin^2\theta(t) + \cos^2\theta(t)=1$より,
$\frac{t^2}{(\theta'(t))^2}=1$
$\theta'(t)=\pm t$
$\theta'(t)=t$ とすると簡単のため積分定数を 0 とすれば,
$\theta(t)=\frac{t^2}{2}$
したがって,速度ベクトル
$\left(\frac{dx}{dt},\ \frac{dy}{dt}\right) = \left(\cos\frac{t^2}{2},\ \sin\frac{t^2}{2}\right)$
がえられる.
さて,これを積分すれば,軌跡の媒介変数表示がえられるはずである.
$(x,\ y) = \left(\int_0^u \cos\frac{t^2}{2}dt,\ \int_0^u \sin\frac{t^2}{2}dt\right)$
Mathematicaで計算させると
$\int_0^u \cos\frac{t^2}{2}dt=\sqrt{\pi}\mathrm{FresnelC}\left(\frac{x}{\sqrt{\pi}}\right)$
と,見慣れない関数が出てきた.この "Fresnel" を岩波の数学辞典で調べると,「Fresnel積分」
$C(u) = \int_0^u \cos\frac{\pi}{2}s^2\,ds,\quad S(u) = \int_0^u \sin\frac{\pi}{2}s^2\,ds$
と出ていて,「初等関数で表現できない.」とあった.したがって,速度ベクトルの原始関数で表すのが限度である.
かたち
クロソイドの図形を Mathematica にかかせてみよう.数学辞典の定義にしたがえば,クロソイドの速度ベクトルは
$ \left(\frac{dx}{dt},\ \frac{dy}{dt}\right) = \left(\cos\frac{\pi}{2}t^2,\ \cos\frac{\pi}{2}t^2\right)$
その大きさは定数 1. したがって,加速度ベクトルは
$ \left(\frac{d^2x}{dt^2},\ \frac{d^2y}{dt^2}\right)= \left(-\pi t\sin\frac{\pi}{2}t^2,\ \pi t\cos\frac{\pi}{2}t^2\right)$
で,大きさは時刻$t$ に比例し,比例定数は$\pi$.そして,
$(x \, y) = \left(\int_0^u \cos\frac{\pi}{2}t^2dt,\ \int_0^u \sin\frac{\pi}{2}t^2dt\right)$
となる.そして,これを$-3\le u \le 3$ として描いた図形が図.
速さが 1 なので,この図の曲線の長さは 6 である.
最初のクロソイドの絵は,この図の$0\le u\le\frac{1}{\sqrt{2}}$の部分を使用して描かれている.
おわりに
素朴な定義から,身近なことが数学の題材となるのは楽しいことである.特に微分積分が自由にできるようになると,自然現象や社会現象を数学で記述しやすくなり,題材も増える.微分方程式を使うと,さらにいろいろなことが記述できるようになるが,今の教育課程では扱わない.自動車を運転される方はインターチェンジを走り,ハンドルの回転で是非クロソイドを体験してほしいものである.
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